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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第4節 初雪 [4]




 山脇先輩って、どんなものを欲しがるんだろう? ゲームだと、マフラーみたいな定番モノから香水だとかブックカバーを欲しがる子もいたよね。
 緩にとって、恋とはゲームの中の夢の世界。
 そう言えば。
 お気に入りのゲームを思い出し、指を唇に当てる。
 あの子は物ではなかったよね。
 今、緩を虜にしている恋愛ゲーム。砂漠の異世界を舞台に繰り広げられるシュミレーション。その中で、まさに王子様という身分を携えて登場する男性がいる。イード・アル=アドハー(犠牲祭)というイベントが発生すると、恋愛対象の男性にプレゼントを贈る事ができる。彼が喜んだのは物ではなかった。
【そっと頬にキスをする】
 この選択肢を選ぶと、好感度のパラメータが一気に上昇した。
 キス、かぁ。
 知らずに口元が緩んでしまう。
 まさか、キスなんてするわけにもいかないし。
 だが、整った顔立ちの滑らかな肌を思い浮かべると、緩の頬はますます緩む。
 東洋と西洋を織り交ぜた極上の顔立ち。その頬は見るからに滑らかで、でも女々しさは無く、絹織物のように上品で艶やか。まさに王子様という身分に相応しい気品と上質を携えている。緩にはそう思える。
 その頬に、そっと唇を当ててみる。
 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
 想像し、もう脳天から湯気が出ているのではないかと思われるほど上気した。必死にマフラーで周囲から隠す。
 っんもうっ! バカバカバカァァァ!
 義兄にでも見つかったら愚弄される事間違いなし。
 それを思うと背筋に軽く寒気を感じた。だがそれでも、一度緩を包んだ心地良さはなかなか収まらない。
 ひょっとして、山脇先輩もそういうモノの方が嬉しいのかなぁ?
 一度そう考えると、それが当然であるかのように思えてくる。なぜならば、ゲームの中の王子様は、キスを喜んでくれたのだから。





 勢い良く開かれた扉に、里奈(りな)はもう飛び上がらんばかりで振り返る。だがそんな相手の態度などまったく無視で、少女は大口を開ける。
「ねぇねぇ、見た? 見た?」
「え? 見たって、何を?」
「っんもう、相変わらずトロい」
 同室の少女は口を尖らせ、だが少し嬉しそうに目を細める。
「やすっちのヤツ、ついにやったよ」
「やった?」
「ついに髪を黒く染めたんだよっ」
 両手を握り締めて乗り出す少女。その勢いに臆しながら里奈は目を丸くする。
「え、えぇっ!」
 驚きの声をあげ、里奈と同じく唐草ハウスで生活をしている男性の顔を思い浮かべる。
「やすっちが?」
「そうそう」
「な、なんで?」
「なんでって、そういう約束だったじゃん?」
「約束?」
「忘れたの? 明日の面接までに髪の色を黒くするって言ってたじゃん」
「めんせ、つ」
 そこで里奈は片手で口を押さえる。
「面接って、まさか、あのお寿司屋さんの?」
「そうそう、寿司屋に弟子入りするっていう、あの面接」
 その時、遠くで歓声があがった。
「あ、やすっちが帽子取ったんだっ!」
 叫びのような声をあげ、少女は素早く里奈に背を向ける。
「アンタも早く来てみなよ。黒髪のやすっちなんて、見モノだよっ」
 興奮した声を残し、少女は飛び出して行く。その後ろ姿を、里奈はポカンと見送った。
 黒髪、かぁ。
 金髪を振り乱していた少年。彼が寿司職人になりたいと言い出したのは、残暑が和らいできた頃の事だった。唐草ハウスを管理する安積(あさか)がいろいろと探してきたらしい。とりあえずは面接するまでに話が進んでいる。
 事が進むにつれて周囲は冷やかしたり励ましたり。そんな姿を見ながら、里奈はぼんやりと思った。
 やっぱり、みんなそれなりに自分の未来とかって考えてるんだな。
 もし高校に通い続けていたならば、里奈は二年生。来年は受験生だ。
 この唐草ハウスにだって、いつまでもいられるワケではない。いつかは出て行かなければならない。
 未来。受験。
 里奈は騒ぎを遠くに聞きながら、開け放たれた扉に背を向けた。そして逆に窓ガラスと向かい合う。
 自分の未来。
 よくわからない。
 もし学校に通ってたら、きっと今度は大学受験だよね。でも、いったい私はどこの大学を受ける事になったんだろう? みんなはどんな理由で、どこの大学を受けるんだろう?
 小竹(こたけ)くんは、どうするんだろう?
 ハッと息を呑む。
 どど、どうしてこんな時に小竹くんが出てくるワケ。
 なぜだかみるみる頬が紅くなる。
 脳裏に浮かぶ、小さな瞳。
 うわぁ、どうしてこんな時に小竹くんが? だ、だいたい今は小竹じゃなくって金本(かねもと)くんでしょう? 小竹なんて言ったら、また怒られちゃうよ。
 ま、また?
 熱くなった頬を両手で押さえながら、里奈は瞬きする。
 また、逢えたりするのかな?
 唐草ハウスに閉じこもる里奈。彼女の方から外へ出ない限り、二人が出会う事はない。
 右手を頬に当てたまま、いつの間にか俯いてしまった顔を上げる。寒さに曇った窓ガラス。左手で擦ってみる。
 外は北風。見るからに寒そう。
 金本くん、もう家を出たのかな? もう学校に着いてるのかな?
 見上げる空に、何かが舞う。
「あ」
 思わずガラスに顔を寄せた。





 華恩(かのん)は携帯をパチンと閉じ、満足げに笑みを浮かべる。
 ざまぁみろ。この私を敵にまわすとどうなるか、せいぜい思い知るがいい。
 油断するとククッと喉が鳴ってしまいそうになる。その耳に控えめな声。
「華恩様?」
 少し震えてもいる使用人の声に、華恩は短く答える。
「何?」
「お目覚めでしょうか?」







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